2011/02/06

魔法の国モロッコ(9) 最終章 始まりと終わりの街 カサブランカ

魔法の国モロッコシリーズ


メクネスからカサブランカへ向かうため、朝はやくメクネスの駅へと向かう。
メクネス駅につくと、カサブランカへ向かう電車の数が異様に少ないことに気付く。
そして目の前にいた女子大生らしき2人にその訳を聞いてみる。
すると、メクネスにはもう一つ大きい駅があるらしく、カサブランカに行くならばそっちの駅に行く方がいいという。


そっちの駅に行こうとすると、彼女達は会話を続ける。
ベルギーに留学してること、彼女達もベルギーに来たことがあって、来年からフランスの大学院に行くこと、など色々と話した。
たしかに彼女達は所謂アラブ女性の格好をしておらず、ヨーロッパ人と外見は変わらない。
スペイン人だと言われてもそうかと納得したであろう。
アラブな格好をした女性が大半を占めるこの国からすれば、彼女達はかなり都会風で、ぼくはこれから彼女達をメクネスの女神と呼ぶことにする。


そしてこのメクネスの女神は続けてこう言った。
「カサブランカなら車で送ってってあげるよ。私たちは今からカサの途中にあるラバトに行くんだけど、友達はカサまで行くから乗っていきなよ」


女神!
実はこれがぼくが彼女達を女神と呼ぶ真の理由である。


ぼくはお言葉に甘えまくって、車に乗り込んだ。
ぼくはなんて運がよくて、幸せな人間だろうか。
あーモロッコ旅行は楽しかった。
終わりよければ全てよしとはまさにこのことを言うんだろう。
こんなことを考えながら、僕は終わりの街カサブランカに着いた。
この旅の劇的な幕切れなど予想だにせずに。


魔法の国モロッコ 最終章 はじまりと終わりの街カサブランカ


無事カサブランカに着いたぼくは、以前泊まったホステルへ向かう。
「お、帰って来たか日本人」
オーナーはぼくのことを覚えていてくれていた。
明日の朝5時のフライトであることを告げると、今日は宿泊せずに空港で泊まるのがいいだろうという。
夜9時頃にホステルを出て、電車に乗って空港に向かうことにする。
それまで約10間とたっぷりある。
せっかくだしビーチでもいこう。


近くにあるというビーチへ向かっていると、「ビーチはそっちじゃないぜ、おれがビーチまで連れってやるよ。おれも今からビーチに行くんだ。」少し日本語が話せる男がそう話し掛けて来た。
男は続けてこういう。
「旅行者なんかいない、現地人だけが使うビーチまで行こう。そして魚を買ってバーベキューでもしよう。そのあとはハマム(モロッコ式のサウナ)で汗を流す。最高だろ」


うん、最高。
ただね、見た感じ怪しい。
話し掛けて来たのは右のやつのこと。
名前は忘れた。アラブっぽいからムハンマドとでも呼んでおこう。
左は彼の友達で寡黙。
あーおれは運がいい。
なんて運がいいんだ。
そしてバスで揺られること30分。
南国な街に来る。
ムハンマドの家





基本的に楽しかった。
でも、常にひっかかるものが頭の中にあった。
まず、具材からバーベキューにかかるものまで全てこみで800デュラハム(8000円)であるという。そして1人あたり260デュラハム(2600円)を払えという。
おかしい。
物価が3分の1程の国でこの価格はおかしい。
ムハンマドの友達は平然と260デュラハムをムハンマドに払う。
迷う。
私を騙して金をとろうとしてるのか、それとも本当にそんなにお金がかかってるんだろうか。
ただ、2600円だ。もし彼等が嘘をついていなかったときのことを考えると、それくらいなら払ってもいいだろう。そう決断した。
でもやはり疑いは常に心の中にあって、バーバキューが終わる頃、ぼくは彼に言った。


「もしこのバーベキューに本当に800デュラハムかかっていなくても、僕は君にお金を返せと言わない。だから、本当はいくらかかったのか真実を教えてほしいんだ。」


彼は、完全に戸惑っていた。


「え、っと・・・780デュラハムかかった。おつり欲しいか?渡すよ渡すよ。」


ぼくは切り返す
「そっか。あんまりこういうこと言いたくないけど、言うよ。どう計算しても800デュラムはおかしい。ぼくもばかじゃない。わかるんだ。なんにもしないから真実を言ってくれ。」


すると彼は
「新鮮な魚ってのは高いんだ。うまかっただろ?あれは高いんだ。」


そう繰り返すばかりだ。
やはり騙されたのか。
ぼくはすごく落ち込んだ。
というよりもなんでこいつらを信じてしまったんだろうと、自分のばかさに飽きれた。


そして、バーベキューが終わると、ハマム(モロッコ式サウナ)へ向かう。
疲れていたので、まあ行ってもいいかという思いで彼等と行った。
すると、ムハンマドはちょっとシャンプーをとってくると言って脱衣所に戻る。
しかし10分しても帰って来ない。


「まずい」


最悪のケースが頭をよぎる。
そういえば彼は今日、ぼくがユーロか円を持って来てるかとしきりに聞いて来ていたのを思い出した。


すぐさま脱衣所に向かうと、彼は荷物を預ける所から出て来た。
ぼくはすぐさまリュックを取り出す。
するとリュックが濡れているのがわかる。


「やられた」


ぼくはすぐにリュックを取り出し、財布を確認する。
いつも財布を入れているポケットに財布がない。
もう頭のなかは真っ白だ。
そして後ろのポケットに手をやる。
あった。
すぐさま中身を確認する。
クレジットカード、キャッシュカード、住民票・・・
ある。
しかし、現金がなくなっていた。


「こんなこと言いたくないんだけど、お金返せよ。お前がやったっていうのわかってるんだよ。」
「何のことだよ?俺たち兄弟だろ?そんなことするわけないし、ここにいる奴はみんなそんなことするような奴じゃない。落としたんじゃないか?」


「何とぼけてんだよ。お前がバーベキューでお金だまし取ったのも、ここでおれの金盗んだのもわかってんだよ。警察呼ぶぞ。ここにいるみんなお前がお金盗んでるのみてるんだぞ」


「何のこと言ってるんだ?お前急に人格がかわったぞ。落ち着けよブラザー。」


なぐってやろうかとも思った。
でも冷静になってどういう行動をとるべきか考えた。
おそらくこいつは常習犯で、ここはこいつの地元でここにいる奴らはみんなこいつの友達だ。ここにいるみんなこいつの味方につくだろう。警察を呼んだらおれがフライトに間に合わないかもしれない。
打つ手がなかった。


すると、こいつはおれに空港までの電車代を渡して来た。
「これで空港まで帰れよブラザー。おれたち兄弟だろ。使ってくれ。」
もうおれは怒り心頭だった。
こんな演技が通用すると思ってるのだろうか。
悲しくさえもあった。
しかし、フライトを逃すわけにもいかないし、こいつが非を認めてお金をおれに返すなんて到底思えない。


ぼくはその金をばっと取り、
「2度とこんなことすんなよ。あんまり人をなめんな。最低な人間だよお前。」
とだけ言い、その場を去り、空港へ向かった。


帰り道は、悔しさ、悲しさ、怒り、あらゆる負の感情がぼくに襲いかかった。
それは悪事を働いたあいつに対してでもあるし、いいことが続いていたために簡単に人を信じたぼくのばかな行動に対してでもあるし、こんな根性が腐った人間を作り出した不平等な社会に対してでもあった。
機内では、モロッコでの楽しかった思い出など全くぼくの頭には現れて来ず、ただ、この一件への負の思いばかりが僕の頭の中を占領した。


終わりよければ全てよしとはよく言ったものである。
どれほど楽しい旅行であっても、終わりが悪ければ、全く良くない。
旅行から帰って来て1ヶ月近く経った今でさえモロッコといえばこの1件がまず始めに想起され、不快な気分になる。


こうしてぼくはこの1件について、お金に狂った人間について、人を狂わすお金について、人を狂わす不平等について、ぐるぐると思いを巡らし、モロッコを発ち、ベルギーに入国した。


するとベルギーという国は正義や幸せ、物に溢れた温かい国として僕の目に映った。
家では、Naoki, Naoki,と同居人たちがぼくにとびっきりのハグをくれる。


あぁ、温かい。
なんて温かいんだ。
そこは楽園であり、ぼくの傷をゆっくりと、ゆっくりと癒してくれた。
ぼくが経験したつらかったことを語ると「はっはっは!モロッコ人なんてそんなもんだよ!誰も信じるなって言っただろ?はっはっは!」といつもの笑顔で笑い飛ばしてくれた。
そしていつものようにたわいもない会話をしてくれる。
ぼくはその幸せな時間に徐々に徐々に順応した。
するとモロッコがここではないどこか別世界にあって、何か魔法にかけられてモロッコにいた夢でも見させられていたのだろうかというような気分になった。


そうして安心すると疲れがどっと出て、僕はベッドに飛び込んだ。
僕のベッドはどんなベッドよりもやわらかく、ぼくを温かく包み込んでくれた。


ぼくは、今の環境がいかに幸せに満ちていて、温かいものであるのかを気付かされた。
今回の旅はそんな旅だった。
ぼくは、熟睡した。赤ん坊が母親に抱きかかえられて幸せに寝ているかのように、魔法にでもかけられたかのように、幸せに囲まれて熟睡した。


ぼくが行った国はそう、魔法の国モロッコ






魔法の国モロッコ 終わり