2011/01/08

魔法の国モロッコ(1) はじまりとおわりの街カサブランカ



明けましたね。
ということで、みなさん明けましておめでとうございます。
昨年の振り返り、2011年の抱負的なやつはまたの機会に書きます。
今日は1月8日。
今のところ、2011年は今までで一番エキサイティングな年になってます。


というのも、12月24日〜1月6日まで、モロッコに行ってきたんです。
もうね、いろいろありすぎました。
いいこと悪いことが矢継ぎ早に起こって、精神不安定者かと思うぐらい気分の浮き沈みが激しかったです。
正直もうわけわかんなくて、あんまり自分でも整理できてないです、はい。
これこそtoo muchって言うんだろうな。
だからこそ、ちょっと起こったことを記述して頭の整理でもしてみようかと思います。
なので、今回の旅行は日記形式!


何回かに分けて書こうかと思うので、ちょっとタイトルなんかつけてみる。
その名も魔法の国、モロッコ。
理由は、魔法でもかけられたかのように、いろんなことがあったから。
っていうのは建前で、モロッコってアラブの国だから、なんとなくアラビアンナイト、千夜一夜物語こと、アラジンとかアラジンの魔法のランプとか連想させられる場面が多々あったから。


では、モロッコ旅行記、始めます。




魔法の国、モロッコpart1
はじまりとおわりの街、カサブランカ




この旅行はカサブランカから始まり、カサブランカに終わる。
とか言うとかっこいいけれど、遠足は家に帰るまでが遠足だと言うように、この遠足は僕の家から始まる。
朝10時のフライトで、空港まで1時間かかる。2時間前には空港に着いていたいから、念には念を入れて朝6時の電車に乗り込む。とすれば、朝5時にでも起きようか。
僕はアラームに叩き起こされ、眠い目をこすりながら淡々と準備を進める。
そして家を出る瞬間、迷った。
コートいるかな。邪魔だよな。でも空港までの道寒いしな。
と手に取ったコートをクローゼットに入れる瞬間、僕の頭はピントきた。
あれ?モロッコ寒いかもしれない。
後にこのひらめきにどれほど感謝したことか。
ぼくはすぐさまモロッコの気温を調べた。
あれ?寒い。モロッコ寒いぞ!
実際冬のモロッコはアフリカにもかかわらず寒かったりする。
日本の冬の格好で来るのがベストだ。
もちろん、昼間はあったかいから半袖がいるけど、それでも夜とか、日が照ってない時は普通に寒い。
ということで、僕はコートを手に取り、家を出た。
すると僕を待っていたのは白銀の世界。
まだ誰の足跡もない。
その白銀の世界に一歩足を踏み入れるとズボッ、ズボッ、という音を立てて僕の足はくるぶし上10cmぐらいまで沈み、ひんやりとした雪が僕のスニーカーに侵入して来る。
歩きにくくて不便なのだが、同時に、「so cool」と心の中で叫んでいた。


とまあやっと駅に到着し、電車に乗り込んだのだけど、電車が動かない。
やられた。完全にやられた。
これは飛行機に乗り遅れる。
瞬時にいろんなオプションが頭の中を駆け巡る。
タクシー、友達の車、ヒッチハイク、etc
でも、どのオプションも選択できない。
急がば回れ。
電車が走らないんだったら飛行機も飛ばないだろうと自分に言い聞かせ、出発の1時間前に空港に到着。
するとまぁ人で溢れ帰っていること。
調度おとといのフライトが飛び出したそうだ。
というのも、前日は大雪で空港閉鎖。
約3千人が空港で夜を過ごしたらしい。
ということはもちろん僕のフライトはまだまだなわけで。
だから気楽にのんびりと待つことにした。


すると、おとといのフライト出発確定のアナウンスが流れる度に拍手喝采がおこるのが聞こえる。
それほどみんなフライトを待ちわびているのだ。
しかし、ただフライトを待ちわびているわけではない。
今日は12月24日。クリスマスイヴ。
ヨーロッパでは1年に1度家族、親戚が集う本当に大きな日なのである。
そう、ここにいるみんなは自分の愛する人に会うのを待ちわびている。
だから、ここにいるみんなの気持ちは一つ。
なんかどことなく一体感を感じる。
そんなわけか、いつも以上に人に話しかけられるし、見知らぬ人同士が話している。
ニューヨークにある世界一フライトの遅延が多い空港では、カップル成立数がすごく多いという話はまさにこういうことなんだな、と1人納得し、微笑んだ。


ということで、1時間程予定のフライトより遅れて搭乗することになった。
でもその搭乗方法が僕の好きな方法で、バスで飛行機の下まで行って、機体を拝みながら搭乗するのである。


すると機体が凍っているのがわかる。
こんなので大丈夫かよと思いながら着席すると、案の定出発できず、なんと2時間機内で待機した。
その間暇だったかというとそうでもなく、隣のモロッコ人学生、その隣のモロッコ人ママ&赤ん坊とずっと話してた。
なんとかおれの拙いフランス語は通用するらしく、70%ぐらいはうまくいった。
やっと飛行機が出発するとなると、機内は拍手喝采。
こんな出発も悪くない。
ところで、このフライトは、ヨーロッパの格安航空会社のひとつ、jet4youで、機内の飲食物はすべて有料。しかし格別高い訳でもなく、少し高いかな、ぐらいで、サンドイッチ5ユーロ、コーラ2ユーロ等。
機内で少し割高な昼食をとっていると、とうとうカサブランカに到着した。






当然カサブランカ空港は郊外にあるので、まずは、中心部に行かなければならない。
ということで、電車に乗り込む。
ONCFというモロッコの鉄道会社で、Casa Portという駅を目指す。
途中AIN SEBAAという駅で乗り換えなければならないので、周りの乗客に拙いフランス語で訪ねまくっていると、1時間程でAin Sebaaに着いた頃にみんながここだと言ってくれた。
そこから約30分でCasaPortについた頃には辺りは暗く、コートが必要な寒さだった。


まず、hostelに向かうのだが、地図を頼りにいろんな人に聞きまくる。
今回泊まる予定のhostelはaugberge de jeuness,6 place ahmed el-Bidaoui,022 220551で、一泊70Dh、なんと700円である。
そこで、この二人と仲良くなった。
真ん中がオランダ人、右がイギリス産まれフランス育ち。
後ろに映っているホテルの名前がHotel des amis(ホテル友達)っていう名前なのが粋だ。
みたいな話なんかをした。
あと、フランスで英語を教えてるシカゴ出身の女の子2人(1人は中国人2世で中国語は書けない。よくある話)と、世界一周旅行中のカナダ人の女の子(彼女もおそらく中国人2世)とも仲良くなって共に朝食をとった。
彼ら、彼女らは本当にきさくで、短時間だったけど結構色んなことを話した。
これが僕が1人旅が好きな理由であり、1人旅の醍醐味である。



hostelに着いてすぐ、街を歩いてみたけど、人が少ない。
バングラデシュと比べると圧倒的に人が少ない。
日本の石橋の夜くらいだろうか。
そして適当に飯屋に入り、隣の人が食べてるのがおいしそうだったからそれにした。
タジンなんだけど、普通のタジンとは違って、ケフタタジンって言うみたい。
卵とミンチを煮込んだ物なんだけど、普通にうまい。
日本食にありそうな味。
パンをちぎって上手に肉と卵をすくって食べる。
ちなみにタジンってのはモロッコの伝統料理で、野菜と肉を煮込んだ料理。
この時点ではタジンが何者か全く知らなかった。

モロッコ人。なんか食べ方とか色々説明してくれた。
夜の街
朝の街


モロッコでは街の中心地のことをメディナって言うんだけど、僕が泊まったとこはメディナの少し外れにあるみたいで、かなりローカルな感じだ。
子供達がそこら中で遊んでいるので、夜1時間、朝1時間程一緒に遊んだりした。
カメラが好きらしく、カメラを貸してあげると、撮りまくってた。
これはどこの子供も一緒だな。



子供に関しては、バングラとあんまりかわんない。
やたらとお金をねだるのがめんどうだったり、悲しかったりするけど。
僕は基本的にお金はあげない。
お金を稼ぐのはそんな甘いもんじゃねぇぞと、なめるなよと、メッセージを発してるつもりだが(たまに口でそう言うけど)、伝わってるのかはわからない。




そうして翌朝、僕はカサブランカを後にする。
滞在時間24時間以下。
でもなんとなくモロッコの雰囲気は掴んだ。


次の街、マラケシュへ向かうべく、casa portではなく、casa voyageという大きい駅へ行く。マラケシュへの切符を800円で買う。安い。
3時間の道のりだ。


こうして、僕のモロッコ旅行はカサブランカから始まった。
5日に帰って来るぞ、と言いながら、マラケシュへの期待を膨らませ、カサブランカを後にした。







魔法の国モロッコシリーズ

2010/12/22

これもまた人生







今、風邪を引いてちょっと苦しんでます。




おととい9度近くあって、昨日は8度ぐらいまでさがって、今日はもう治ってるだろうと踏んで外界に出ては見たものの、やっぱりしんどいです。


体がだるくてだるくて、なんか筋肉減ったなーって感じです。


今回は本当に風邪を引くタイミングは最悪で、仮に神様がいるとすれば、一体なんてことしてくれるんですか、と問いつめたい。そんな心境です。


というのも、熱が出た当日は、僕が一番好きな授業の最後の講義で、自分のグループのプレゼンもありました。
50%以上は僕が作ったプレゼンだったので、やる気満々、授業のトピック自体もsocial entrepreneurということですごくワクワク、そして優秀な学生と議論できる最後のチャンスということでかなりエキサイトしてたわけです。
それが、まさか、熱が出て行けないだなんて。


しかもそれに追い打ちをかけるように、その夜は僕が主催した、日本×スウェーデンパーティーで、寿司を振る舞う予定だったんです。
その次の日にベルギーを発つ友達もいて、その友達のお別れパーティーでもあったんです。
でも、それも熱のためキャンセル。


そしてだめ押しに、モロッコ旅行行けず。
航空券とはさよならしました。
また航空券買わないと。




もう出る言葉は一言。




「なんで?」




なんでこんなに精神的、肉体的につらい思いをしないといけないのか?


でも僕がこんな思いをしてる間に、方やすごく幸せな思いをしている人がいる。




誕生日を迎えた人。好きな人と一緒にいる人。好きなものをたらふく食べてるひと。夢を叶えた人。




同時に、僕と同じように、いや僕以上につらい思いをしてる人もいっぱいいる。
大切な誰かを失った人。大病を抱え入院してる人。夢半ば挫折してしまった人。




僕はこれに対しては、悲観的になるわけでもなく、何か分析しようとするわけでもなく、ただ、「これが人生」というしかない。
「語り得ないものには沈黙するしかない」とヴィトゲンシュタインが言ったように。


不幸なことが起こったとしても、決して塞ぎ込んだりせずに、「これもまた人生。今回は一本とられた。」と笑いとばすようにしてる。


そしてさらに、「神様、僕に何が言いたいんですか」と問いかけもする。もちろんキリストみたいな神様を信じてるわけじゃないけど、「なにか大きなもの」の中にいて、その流れには逆らえないんだと都合よく考えて、納得する。手塚治虫の火の鳥の考え方なんか似てるかもしれない。




僕は、宇宙、世界、という1つのおっきなゲームの中の1人の登場人物だ。
で、僕の中で、その「1人の登場人物」は同時に僕の「主人公」でもある。
そしてこの世界ゲームでは本当に僕の知り得ないレベルで、色んなことが起こり、それがいろんなことに作用して、僕に影響を及ぼす。
だから予期せぬ不幸なこと、幸せなことがいっぱい起こるし、だからこそ、このゲームは面白い。だって、予期できないんだから。


「この予期できないこと」に直面したときに、どう感じ、どう振る舞うか。
たったそれだけで、僕のゲームは全然違う風なテイストに仕上がる。




もちろん、どうこのリスクを回避できたか、なんて分析して、次に活かす。
でも、不幸に直面したときの基本的なスタンスは変わらない。








「これもまた人生。」










2010/12/18

social entrepreneur





social entrepreneurshipという言葉で伝えたいこと。


彼等は世界を変えるんだということ。
救われない人を救ってしまうんだということ。
1人の人間をどん底から這い上がらせてしまうんだということ。


問題を解決しちゃうんだ。
今までどんな企業も、政府も、解決できなかった問題がある。
そんな問題を、機会を見つけて、解決する。


それは、NGOやNPOなんかと一緒かもしれない。
でも、違うところがある。
お金を稼ぐんだ。
ということは、お金を稼ぐ限り、問題が完全に解決されるまで永遠に存続し続ける。


じゃあ普通の企業とどう違うんだ。
おれもちょっと曖昧なとこがあるけど、ちょっと考えてみたい。


例えば、グラミンダノン。
従来の企業ならば、大きな工場を建てて、原料を大量に仕入れて、ロジスティクスも効率よくして、コストを下げる。
でも、ダノンは、毎日ミルク売りからミルクを買い、ディストリビューターを使って売る。
もちろん、グローサリーショップに置けばいいし、実際に置いてもいる。
でも、ミルク売りから毎日ミルクを買って、ディストリビューターにヨーグルトを売ってもらうことで、彼等ローカルの市民は収入を得ることができる。
お金の回り方が違うんだ。


でも、ちょっと待って。
お金の回り方を考えてみる。
従来の企業のお金の回り方は、製造→販売→利益→拡大→more雇用
そしてダノンは、製造(ミルクコスト)→販売(ディストリビューターコスト)→less利益(-ミルク+ディストリビューター)→less拡大→less雇用
こんな図式になるのかな。
これってどうなんだろ。本末転倒になってないだろうか。
ちょっと、この点は改善の余地ありかと思う。


やっぱり、ここからおれがsocial businessについて思うのは、social entrepreneurの機会や目的は世界を変えること、誰かを助けることになる。でもsocial entrepreneurもentrepreneurに変わりなくて、なんとかしてビジネスモデルを作らないといけない。やっぱり利益を挙げないと、人を助け続けることができないんだ。socialの部分に重きを置きすぎるんじゃなくて、entrepreneur、つまりビジネスがベースになってないと成功は難しいんだと思う。
だからおれはsocial entrepreneurは、正義の実行という目的持ったbusiness entrepreneurなんだと定義づけたい。


だから、おれの中でsocial entrepreneurとentrepreneurにあまり大きな違いを設けてない。なぜなら、entrepreneurがビジネスとして成功するということは、そのサービスに対してお金を払う人がいるからであって、お金を払うってことは、そのサービスから恩恵を受けてるってことになる。
ということは誰かに対して恩恵を与えてるんだから、それって正義とほとんど同義になっちゃうケースが多い。


で、ここで大事なことは、サービスとお金の関係。
social entrepreneurがsocialと呼ばれる所以はサービスがsocialな問題を解決するからであって、なんでその問題が今まで解決されてこなかったかというと、その問題を解決したところでお金にならないから。
ここがsocial entrepreneurの味噌なんだと思う。


それを解決してもお金にならないけど、誰かがそのために苦しんでる問題。
この問題を解決して、かつ、お金を得る。
そんなプランを作ること。
それが一番難しいところであって、一番エキサイティングなとこなんだと思う。




だから、結局、social entrepreneurっていう言葉でおれが伝えたいことは、






「世界を良くしたい」
っていう思いを持って、ビジネスモデルをひねり出そうぜ、っていうこと。











2010/12/16



e.on。
ドイツのエネルギーカンパニー。
この会社のコーポレートストラテジーは?って話。


まず、グローバリゼーションはどうこの会社に影響を与えてますか、って話。
この産業、エネルギー産業はグローバリゼーションの影響で、マーケットが統合されつつある。大きな会社が小さな会社を買って、どんどん大きくなっていく。
そしてその大きな会社の間で競争が繰り広げられる。
新しいテクノロジーに投資したり、価格競争したり、新しいマーケットに参入したり。


違う視点から見てみると、エネルギー需要の逼迫も挙げられる。
途上国のエネルギー需要、ガスの供給の見通しから、今この産業は新しいエネルギーソースが求められている。


じゃあ、この産業のうねりのなかで、e.onはどういう影響をうけているんだろうか。


まず、e.onの組織自体が、クローバルになってきている。
例えばUK、スカンジナビアに進出してる。
で、グローバルになった傍ら、その国に密着してマネジメントしていかないといけない。
例えばスカンジナビアだと、環境にうるさいから、環境に優しいエネルギーリソースを使うとか。グローバルになるんだけど、同時に、その地域に密着しないといけない。


じゃあ、具体的に戦略としてはどう影響を受けてるだろうか。
マーケットディベロップメントにおいては、central europe、UK、スカンジナビアのシェアを持ってる。だから、これからは他のヨーロッパ、スペイン、イタリアとUSを攻めようとしてる。
プロダクトにおいては、グリーンエナジーに焦点をあてて、マーケットポジションを獲得しようとしてる。

2010/12/15

七転び八起き



いやー今日はこてんぱんにやられました。
明日がプレゼンってことでグループでプレゼンの練習をしたんですが、
もう意見が食い違う食い違う。
英語で難しいことを上手く説明できないおれは常に議論で負けてしまうんですよ。
そして結局全然自分の意見とは異なる内容のプレゼンをするはめに。


もうそれはくやしいのなんの。
しかも自分の意見じゃないからなかなかすらすら言えなければ覚えも悪い。
だから、プレゼンをみんなで通して練習をしてもおれが詰まるし、言ってること意味わかんないって言われるし。
最悪の一言。


「たのむわー」
「お前がネックやねん」


みたいな声がグループメンバーの心のうちから聞こえて来ます。


「英語しゃべれるんだからこれぐらいできるだろ」


みたいなことも言われ、まじで屈辱的でした。
おれにとっちゃ、あんまり考えながら話さない日常会話と、頭を使いながら、難しい単語も使うっていうプレゼンとは全然レベルが違って、やっぱりかなりきついんです。


畜生、畜生と心の中で叫びながら、メンバーの言いなりになってました。
まじでくやしい。
あーーーほんとにくやしい。
最後の最後なのに、グループをリードするっていうこの留学で立てた目標からはほど遠い結果になってしまいました。




でも負けちゃいけない。
七転び八起き。


負けてこそ成長できる。
このくやしさがあるからがんばれる。


がむしゃらにいこう。


独り言





まじで帰りたくないし、みんなに帰ってほしくもない。






みんなと一緒にいたい。。。






ほんとそれだけ。






みんなとお別れするのが悲しくてたんない。






ベルギーの友達誰もこのブログ見てない(見れない)けど、一言。












大好き





2010/12/10

ドイツはケルン



ドイツに行って来ました!




今回は、たったの1泊だけ。
友達がドイツのケルン出身で、そのケルンまで車で2時間っていう話なんで、これまたパリのときみたく、友達の車でビューーーン(160km/hr笑)といってきました。









なんでまたケルン?


ケルンって何?


ってちょっとでも思ったあなた!!!







クリスマスマーケットちょーーーーーいいんだからね!!!!



あと、ケルン大聖堂があるんだからね!!!!



ビールとソーセージもうまいんだからね!!!!







てことで、まずはクリスマスマーケット!



クリスマスマーケットって何?って話ですが、
基本的に、クリスマスの飾りとか売ってます。
ツリーに飾るなんかかわいいやつとか、ちょとしたクリスマスプレゼントとか。
あとは、飲み物と、食べ物。
平日の夜とかでも結構賑わってます。



これはホットワインで、クリスマーケットの定番らしいです。
ラムのショットを入れて飲むんで、少し強かった気がします。
でもこのカップがかわいいのなんの。




ドイツといえばソーセージ。
そこらじゅうで売ってます。
たしかにうまい!






クリスマスマーケットのあとは、robert(ベルギーで1番仲が良い友達の1人、ケルン出身)が、old fashionなバーに連れてってくれました。
バーテンダーが60ぐらいのおばさん女性で、お客さんも大体おじいさんおばあさんが多かったです。
さすがはドイツという感じで、みんな水のようにビール飲んでます。


新鮮さを保つため、このちっさいグラスで飲むんだそうな。
たしかにうまいです。




ちょっとした街並



ケルン大聖堂。
世界遺産なんだって。
知らなかった。。。






ケルン大聖堂からの景色。
やっぱり世界大戦で焼け野原になったから、歴史のある建物が全然残ってないんです。
robert曰く、終戦後はケルン大聖堂だけがポツンと建ってたそうな。









クリスマスマーケット再び
こっちはケルン大聖堂のすぐ近くにあって、観光客用だそう。
たしかに前の日に行ったローカルのクリスマスマーケットとは売ってるものが違うかった気がします。






これはアーモンドを揚げたお菓子なんだけど、甘くて、ちょーーーーおいしかった!!!




たまらず2回買ってしましました








今回ドイツに行ったわけですが、まだまだ全然旅行できてないことに気づきました。
今のところまだ、スペイン、オランダ、フランス、イギリス、ドイツの五カ国だけです。
今月のクリスマスホリデーとテスト明けの休みを使ってちょこっと回りたいところです。
なんとかしてアフリカも行きたい!






もう今年もあと少し。
クリスマスの足音が聞こえてきますね。